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塾生レポート

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塾生と体験セミナー受講者による報告です

※文章は要約してあります。御了承ください。

5期の方が1回目を受けた感想です。

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◯ 理学療法士・神奈川県

「臨床で」
 
3回目の明鏡塾のあとの臨床で驚きがあった。
重度の右片麻痺の患者さん(肘の曲げ伸ばし、手のグーパーはできない。)の手の治療をしていたときのことだ。
ワークで行った筋を触れるを応用して、硬くなってしまった関節や、関節の中、皮膚、筋肉、それぞれに集中し丁寧に触れて治療をした。
するといつもよりはるかに腕が動き、自分も患者さんも驚き喜んだ。
理学療法のセオリーでは、肘を動かしたい場合、肘の運動を数多く反復し、刺激を多くいれ脳の神経回路に変化を与えるというものが治療として代表的である。
 
しかし自分が行ったのはあくまで手と指に対し、それらを丁寧に触れ、少しだけ一緒に動かしただけであった。
それなのに、肘や腕が動き始めたのである。なぜそうなったのかは説 明できないが関係性が持つ底知れぬ力を、垣間見た瞬間であった。
今の自分には関係する力も治療の腕も本当に未熟であるが、いつでもこのようなことが当たり前にできるように、明鏡塾で教わったことをしっかり患者さんに還元できるようにしたい。
 
「 もうひとつ臨床で」
 
右片麻痺、失語症の方でも驚くことがあった。
この方はこちらが話す言葉は聴覚として理解できるが、本人が話すときには、意味のある言葉がでにくい症状の方だ。
一般的には運動性失語と呼ばれるものだ。
 
その治療介入の時に、趣味や好きだったことはなにかを尋ねると「あのー、ほら、ばーでほら、うーん、みんなでサバイバルの、うーん、ほらやるじゃん」という返答であった。
そのとき、自分にはなぜか「ゴルフ」と聞こえ、ゴルフですかと聞いたら、「それそれ」とお互い大喜びであった。
 
明鏡塾に来る前の自分であったら、「サバイバル」という言葉に惑わされ、ゴルフという答えにたどり着くことはできなかったように思う。
表面上の音としての言葉ではなく、その言葉に乗せた患者さんが本当に伝えたい思いを感じようとした結果であったと思う。
言葉が意味のあるものではなくとも、何を言いたいのか感じられる力が本当は人間には備わっているのかもしれない。
 
明鏡塾は目に見えない、触ること もできない、でも確かに存在する大切なものを、様々なワークと参加者の熱意で具体にする場であると思った。
それらは座学で学ぶことはできず、参加者が関係することに没頭していくことで、あとからそれぞれの現場でその意味を噛みしめるという不思議な塾だ。
その場にいる自分は、みんなと切磋琢磨できる自分でいられるのか、常に自分に問い続け行動をしてきたい。

◯ 内科医・漢方医・京都

まずは、今回の明鏡塾に参加した後に、気づいた変化について

・帰宅して翌日の朝、いつものように2才の息子と一緒に遊んでいると、いつになく嬉しそうにしているようで、妻が「今日はやけに多弁やなあ。なんでやろう」とつぶやいていた。
2日目の朝、おぶっていたとき「すごいかわいい甘えた声を出している」と不思議そうに妻が一言。
生後10ヶ月くらいの娘も、朝ずりばいをしてきて、目が合うと嬉しそうに笑顔になり、体いっぱいに喜びを大きく表現してくれた。
なお、私はいつものように普通に子どもと遊んでいたつもりだ。3日目の朝は、妻のそういうつぶやきも聞かれず、前と同じ状態になったようだった。

  • 普段私の医院には、ほとんどじいちゃんばあちゃんが来院されるが、明鏡塾があった翌日の夜診は0才から2~3才の子どもが「うちは小児科?」と言われるほど、いつになく多く来院された。
    ある2才の子の診察時、母親が「なんで全然こわがらへんのやろ」としきりに不思議がっており、そのうち、その男の子が私の近くに寄ってきてべたべたさわりだしたら、「なんでからんでるの?」と、凄くびっくりされていた。
    私は白衣を着ていてもあまり子どもに怖がられる方でないと思うが、こんなふうに驚かれたことは初めての経験だった。
  • 明鏡塾の翌日の夕方、いつものように日課の散歩をしていた時に、お寺の中の木立や風の見た感じや気配の感じ方がより鮮明に静かに感じられて、「おおっ」と思った。
    「この感覚はお寺にこもって坐禅した後の感覚のようだ」と嬉しく感じた。万物がいとおしく感じられるような、幸せな感じである。
    この感じも2日、3日と経つにつれ、徐々に薄れてきた。
  • 翌日の夜、風呂から上がって、自分の顔をふっと鏡で見たとき、「目が澄んでいる」とびっくりした。
    自分でないみたい、と何度かまじまじと見つめてしまった。
    そして、「気のせいではない。どおりで小さな子どもの反応が良かったわけだ」と納得した。
    無意識の世界の住人である乳幼児に一番、変化が出たようだ。明鏡塾、恐るべしである。
    それから3日目くらいで、この目の澄んだ感じもほぼ元に戻ったと思われ、私のこころの状態も元の浅い意識界に戻ってしまったようだ。
  • 帰ってから2日間、日常生活を過ごすのが、気分的にすごく楽になった。
    「考えこまんでええんや」と気づいた。
    今までアホみたいに、いろいろ難しく考えすぎていたようだ。でもそう簡単に、考えすぎるクセがぬけおちるほど、世の中甘くなく、3日目くらいから楽な感覚が薄れてきて、こうしてレポートで振り返って、どうしたものか、と考えている自分がいる。

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随時、一部を掲載します。

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◯理学療法士・神奈川県

以前よりも患者さんとの会話が増え、笑顔を見ることが多くなった。
そして、落ち着いて治療をすることができるようになった。
明鏡塾を通して自分自身が理学療法士であるという自覚をより持つことができ、医療従事者としての心構えが相手に対して大きく影響することを痛感した。

私は、外来のリハビリをしていて俗にいう慢性痛の方のリハビリをすることが多い。
以前の自分は慢性痛の方のリハビリに難渋することが多かったが、明鏡塾に来てからはその痛みを取れることが多くなった。
それは何か特別な技術を手にした訳ではない。
自分が患者さんと向き合うことができるようになったからである。
明鏡塾で行うワークを通して「聴く」「見る」「触れる」というものがどんどん洗練されていき、それが治療に大きく影響した。

患者さんからは「とても話しやすい。」
「気持ちいい。」「良くなっているのが実感できる。」と嬉しい言葉を多く掛けてもらえるようになった。
これからも、明鏡塾で課せられた課題を深めていこうと思う。

◯理学療法士・東京都
6回を通して、相手に違和感を与えずに触れることは少しずつできるようになっている。
私は何をしたいのか、何者なのかという心構えを明確に持つことが必要であることを認識でき、それを持つことで触れる手に迷いがなくなるということを実感した。
またそうした状態で触れることで、なにか方法論的に触れ方を変えたわけではないが、受け手の感想が大きく変化することには驚いた。
「なにかしてやろう」という意思は相手に違和感を与えてしまう。
それは自分の想像を遥かに越えて、繊細に相手に伝わっていることを学べた。

しっかりと相手の言葉を聞いて、自分の言葉をしっかりと相手に届けるということが難しいとは思わなかった。
普段何気なく会話できてしまっているからこそ、こんなにも出来ないということに驚いた。
言葉に惑わされてはいけないということ。
相手の話していることを言葉として聞いていては本質的な訴えを聴くことはできないということを学んだ。

色々なワークを通して「出来ない」ということに直面したとき、それをどうするかという打開策を見出だすことがとても下手であると感じた。
いつも出来ないことに対して「答え」を求めにいくばかりであることを改めて思い知った。
とにかくやってみる、やってみないとなにも始まらないということ、そしてやってみた結果をどう捉えるか、次の行動にどう移していくかを考えて実行する。
課題としたワークが出来たとき・出来なかったときそれぞれの状態をしっかりと自分で分析して次の検証に繋げることが必要だ。

それを繰り返しやっていくことを習慣付けることが大事なのだなと思えた。

今後の課題として、少しずつ違和感なく触れられるようにはなってきているが、そこから何かを感じ取るまでに至っていない。
例えば患者が痛みを訴えてきたとき、その原因はどこなのか、もしくはどこにアプローチするのかということがまだまったくわからない。
知識をもとに治療を展開するのではなく、相手の訴えをしっかりと聞き、自然と手がでるような状態になりたい。

ワークを通して、何をみたいのか、どうしたいのかということがはっきりとした手でなければ触れたところでなにも起こらないということに気づけた。
「触れる」、「向き合う」にあたって、自分は何者であるか、なにをみたいのかをもっともっとはっきりさせていきたい。
「触れる」、「向き合う」ことで自然と手が動くようになるまでしっかりと「向き合う」、「触れる」を実践していきたい。

こういったことを考え、実行するということは「その場の治療」や「対患者」という狭いことではなく、人生の生き方みたいなものを教わった感覚になった。
ようやく自分の人生を自分の足で歩いていけると思う。
これからの自分の人生が楽しみになれた。
本当に明鏡塾に参加できてよかった。

◯整体師・東京都
整体に従事するようになり関係性が必要だと感じ明鏡塾に入ったが、「関係性」という言葉を上面で捉えていたと気づかされ、深く考えさせられるようになり、それは未だに続いている。

おはよう、こんにちはと挨拶が出来る事、笑顔で接する事、そして心を開くという事、そこから本当の関係性が生まれお互いの心が豊かになる。
心が豊かになると体が良い方向に変化する。
そして物事の観方、思考も変わり本当の意味での豊かな人生が進むことが出来る。
私より若い先輩たちを見ているとそのように感じるのである。

患者さんの事を考え自分が何をすべきかを明確に捉え貪欲に日野先生より学ばれ吸収されている。
まさしく明鏡塾は「志高く」者たちが集まる場である。
冒頭に書いた凛とした空気が生まれたのは、そのような志の高い者たちの集まりだからであり、その中で一緒に学ぶことが出来る自分がいたから幸せと感じ涙が出そうになったのであろう。

技術を追及する事は大事なことではあるが、それも相手がいるからこその技術である。
関係性なくしてなにが、生まれるだろうか?技術のみを追い求める、その先を考えるとむなしい限りである。

縁あってその人の心と体を見させていただくなら、ひとつでも笑顔で過ごせる人生の手助けをしたい。
そのためにも、日野先生の元、「志高く」の言葉に集まった皆さんとともに明鏡塾で学んでゆければと思う。

○鍼灸学校教員・鍼灸師 福島県
最近は患者さんと交わす会話が変化してきていると感じています。
以前は、日常会話の延長のような話や、症状の確認といった内容が多く、また、沈黙が続くことを避けるため、無理して会話をすることが多かったのですが、明鏡塾で学び、触れて感じることを中心にしていると、何か話さなければという気持ちがなくなり、感じることに集中して、言葉を口に出すことが少なくなってきました。

そのように治療を続けていると、治療中、ある患者さんから「何も言わなくても私の苦しいところが分かるのですね」と話しかけられ我に返えることがありました。
その時は何も言葉を返すことができなかったのですが、それで良いとも思える不思議な気持ちでした。

○理学療法士 神奈川県
担当している慢性疼痛の方。
これまでの関わりに紆余曲折あったが、先日のリハビリ介入中に、涙を流される場面があった。
私はじっとその様子を見て、利用者さんの言葉を待った。

「なんでだろう? 先生と一緒にいると自然に涙が出てくる。悲しいとも嬉しいとも違う。はじめて私を聞いてもらった気がする。」

なんと素直な表現なのだろうか。
涙した後に私に話してくれた言葉には心動かされた。
自分の現状について、どこにも相談相手はおらず、人知れず深く悩んでいたからこそ、あの言葉が出たに違いない。
涙の後の笑顔は、幼く屈託のないものだった。

リハビリ介入後は、驚く程に身体が軽くなったようで、はしゃいでいた。
冗談を言うようになっていた。
ユーモアが出てきたのである。
ユーモアの創発。
私はこれを一つのゴールであると捉えている。
気づいた時に、心に余裕が生まれる。

○大学教員・看護師 (体験セミナー受講)
私は看護師として仕事をしてきて、患者さんへの対応には気を配り、身体のことも知っているというプロとしての自覚はあったつもりだったのですが、このセミナーの体へのアプローチは、今まで私が体験したことのないものでした。

畳の上に寝ている人を、介護者は利き手で力を入れずに座位にすることができますか?できないです。
しかもベッドじゃなくて、双方が同じ高さにいればその難易度は増します。
それなのに、相手の呼吸に合わせ、相手を感じるようにしていたら、難なく「すっと」起こすことができました。
手にも、肩にも力を入れていないのに、前には座位になった人がいました。
「ありえないでしょ。」と何度も目の前での現象が信じられなくて思いました。

「体は脳よりもよく知っている。」という、日野先生のひとことは、西洋医学の視点からは、ありえない発想でそんな考え方あり?という感じでした。
でも、このセミナーでは先生が一貫して、そのことを体現されていました。
セミナーで人間理解の深淵を見せていただいた感じがします。
体は言葉を発しないけれども、私たちに多くのことを語りかけているのですね。

○看護師 長崎県
私は看護師として病院で訪問看護と、地域連携室で色々な地域の病院や施設、他に市の職員などとも面談を行います。
訪問看護では腰・肩・膝痛がある方を触れさせてもらいますが、終了後は数日間調子が良く痛みも軽くなると言われます。

明鏡塾で学んだ、人の話を聞くことを常に注意して会話を行うと、色々な不安や思いを話してくださって終了時は笑顔になっていただいています。

病院では担当患者さんは毎日関わる事になるため朝一番で会った瞬間に笑顔になってもらえることが増えて嬉しいです。
一番自分の中で変化として捉えているのは、「言い切ること」と「相手に声を届ける」「勝手に判断しない」を、職場の中で注意してスタッフと話すようになったのですが、院長や事務長、他の医師や上司に対してもきちんと自分の意見を伝えることができるようになった。
そのお陰で、職場でなあなあになっていた業務内容や会議の話し合いが、 意見を出せる場に変わってきています。

挨拶をしないスタッフに対しても、関係なく挨拶を 繰り返していると、挨拶をしてくれるようになっています。
色んなスタッフと話ができるようになり、 相談を受けたりすることが多くなってきて、きちんと問題点を伝え相手に考えて貰う様にしています。

○理学療法士 大阪府
明施術中に良い変化があれば伝える。
一週間前、一ヶ月前と比較して良い変化を伝えています。
このようにしていくと患者さん自身も意外と気づいていないこともあるのだなと思いました。
その中で患者さん自身の気づきに変化した時に、表情が良くなったり、自然と自分から動きだしたりと、良い方向への変化がみられています。

また、治療者には、「相手の意志を発動させる」という役割があると学びました。
意志が働けばよくなる。
その人が、「生きたい」、「〜をしたい」という意志を発動させること。

担当した脳卒中の方は、「編み物をしたい」「家の中の仕事は自分でやりたい」という明確な目的意識を持っていました。
入院当初は全く動かなかった指と立ち上がることができなかった足が回復して、一年も経たない内に編み物をしながら生活の大半を一人で行なえるようになりました。
久しぶりに会うと麻痺している半身がどちらか分からない程になっていっていました。

○鍼灸師 北海道
向き合う、視線、というのも、自分では特に仕事の時に 相手に圧迫を与えないように、意図的に視線を外したり していました。

でも、そうじゃなく、もっと深く向き合わなければいけない、 自分がそうしなかったのは、相手を追いつめないだけでなく、深く関わらないようにしてきた、自分がその人と深く関わり、傷つくのを恐れていて避けていた、というのを 再確認しました。

現在は、施術の時間は短くなり、会話しているだけで、患者さんが改善され、その後の施術がとても効果を表すケースが増えました。

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